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親子偽リアリ ~第3話~ [小説:親子偽リアリ]

 気が付くと、夜になっていた。眠ってしまっていたらしい。エルビスは帰ってきているようで、シャワーの音がしている。きっと誰かを殺して、罪を洗い流しているのだろう。ミーシャはベッドの上で寝ていた。床で爆睡していたところを、エルビスが運んだらしい。ベッドから降り、ミーシャは浴室へ向かった。
「おかえり!一緒に入ろうよ!」
 浴室のドアを勢いよく開ける。エルビスは気に止める様子もなく、無言でシャワーを続けた。ミーシャは服を脱ぎ捨て、エルビスの隣に座った。
「仕事、どうだった?怪我とかしてないか?」
 エルビスは終始無言。ミーシャは適当な事を一方的に喋った。いつもの平和な時間だった。






翌日は曇り空だった。空気がどんよりと湿った中、エルビスは日も登らないうちに仕事の準備を始めている。
「今日は何するんだ?」
 半分寝ているような顔で、ミーシャが聞く。
「隠密行動だ。」
「スパイ?」
 途端にミーシャの眠気が飛んだ。
「行きたい!」
「ダメだ。」
エルビスは素っ気ない。しかし、その程度でミーシャが諦めたことは一度もない。
「行く。行くー!」
「ダメだ!」
エルビスが怒鳴った。突然のことに、ミーシャは言葉に詰まる。エルビスに怒鳴られたことは、今まで一度もなかった。ミーシャが黙った一瞬で、エルビスは出て行ってしまった。
「何だよ・・・。」
 初めて触れたエルビスの逆鱗は、怖かった。しかし次の瞬間には、ミーシャは部屋を飛び出していた。エルビスの後ろ姿を、気配を消して追いかける。普段は無口で冷静なエルビスが怒鳴ってまでミーシャを遠ざけた仕事が、気になって仕方なかった。気配を消すのには自信がある。相手にバレないギリギリの距離感も、エルビスによって磨き上げられていた。
 エルビスが向かったのは、賑やかな繁華街の大通りだった。何やらイベントがあるらしく、町全体が浮き足立っている。エルビスは通りがよく見える位置に陣取った。ミーシャも一定の距離を保ってそれに倣う。程なくして、パレードが始まった。あちこちから歓声が上がる。
「国王がお通りになられるぞ!」
「国王万歳!」
 集まった人々の会話に聞き耳を立てつつ、ミーシャは横目でエルビスを見た。エルビスは正面の通りを無表情で見つめている。群衆の会話から、これは国王の権力誇示パレードらしいことが分かった。人々は国王を敬う言葉を並べつつも、どこか疲れた顔をしていた。この国は、あまり豊かではない。暴君とは言えないまでも、国政は民に重くのしかかるものだった。ここにいる人々の多くは、国政への翻意がないことを世間にアピールするためだけに集められたのだろう。わざわざそんなパレードを見に来たということは、エルビスのターゲットは国王なのだろうか。まさか、とミーシャは思った。そんなリスクの高い仕事を、エルビスが引き受けるとは思えなかった。何しろ、彼は一人で動いている。かつては数名の仲間と秘密組織として活動していたらしいが、仕事の中で皆亡くなっていったらしい。ミーシャの知る限り、エルビスはいつも一人だった。
 エルビスの目的を考えながら辺りを見回していると、突然振り返ったエルビスと目が合ってしまった。ミーシャは反射的に逃げ出した。人ごみを掻き分けて、とりあえずエルビスから離れる。見つかれば、また怒鳴られるような気がした。それは嫌だった。
 そうこうしているうちに、国王が車で通りに出てきていた。一際大きな、偽物の歓声が上がる。適当に走り回っていたミーシャは、いつの間にか人ごみの最前列近くまで来ていた。ふと顔を上げると、目の前に国王の車があった。その近くにいた、使用人らしき年配の女性と目が合う。その瞬間、女性の目が大きく見開かれた。女性は周りの人と何やら話し、ミーシャを指し示すような仕草をした。パレードが止まった。
 異変を感じ、人ごみの中に戻ろうとしたミーシャの前に、スーツ姿の男が立ちふさがった。ミーシャは驚いて一瞬動きを止めたが、弾かれたようにかわして走り出す体勢を取る。そのとき、後ろから肩を掴まれた。振り返ると、見知らぬ男が自分を見下ろしている。直感的に、やばい、と感じた。とにかく逃げようと男の手を振り払いにかかったとき、聞き慣れた声がした。
「ミーシャ!」
 はっとして声の方を見る。エルビスの巨体が、人ごみの奥に見えた。返事をしようと息を吸った瞬間、スーツの男がエルビスに向けてピストルを構えた。
「やめろ!」
 ミーシャは男に飛びかかった。銃声とともに打ち出された弾は、あさっての方向へ消えた。銃声を聞いた群衆がパニックを起こす。ミーシャは背後にいた男に引きずられるように群衆から離され、パレードをしていた車に押し込まれた。
「父さん!」
 車のドアを叩いたとき、窓に水滴が落ちてきた。水滴はみるみる増えていき、遠くで雷鳴が響いた。歪んだ景色の中、群衆に流され遠ざかっていくエルビスの姿が、走り出した車の窓からわずかに見えた。






親子偽リアリ ~第2話~

親子偽リアリ ~第4話~

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タグ:小説
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