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小さな世界の外側で ~第18話~ [小説:小さな世界の外側で]






 翌朝。昨日とは打って変わって快晴だった。診療所のベッドの上で、少女が眠っている。ソラノによって腹部の傷は治療されたが、まだ目を覚ます気配はない。
 昨晩、ジョンは少女を診療所に運び込んだ。魔物だが助けてやってほしいと懇願するジョンに、ソラノは迅速な処置で応えた。安静にしていればじきに良くなるだろうとソラノは言った。
「こいつがお前の惚れた女か。けっこう美人じゃん。二人とも路地で寝てたわけだし、お似合いじゃないか。」
 チャーリーの冷やかしに、ジョンは急に恥ずかしくなった。彼女に何があったのかは分からない。それは自分にも言えることだった。なぜここに来てしまったのか、未だに見当もつかない。
 病室の出入り口付近には、ダルとテイラーが控えている。ジョンの話から二人は、彼女は敵だと認識していた。治療を施させたのは、何らかの情報が得られると踏んでのことだった。
「しかし居候のくせに、いきなり女を連れ込むとはな。」
 チャーリーの冷やかしは止まらない。ニヤニヤしながら、さらに何か言おうと口を開きかけたとき、少女が小さく呻いた。寝返りをうち、ベッドの脇にいたチャーリーの背中に彼女の腕が触れる。途端に、室内に緊張が走る。ダルがライフルを構え、チャーリーは飛び上がって部屋から出て行った。
 少女が目を開け、寝ぼけたような顔で室内をぐるりと見回す。その視線が、ダルとテイラーを捉えて止まった。大きく目を見開くと、掛け布団をはねのけてベッドの上に立ち、素早く身構える。グルルルル、と獣の威嚇のような唸り声を上げ、ダルとテイラーを睨みつけた。ダルもライフルの銃口を少女の額に突きつけ、テイラーも臨戦態勢を取っている。一触即発の空気が張り詰めた。
「・・・ちょっと、落ち着きましょうよ。」
 三人の間に挟まれるような形になったジョンが、掠れた声で言う。それに答えたのは、出入り口から顔を出したソラノだった。
「なんの騒ぎ?あら、お嬢さん起きたのね。急に動くと傷開いちゃうわよ。」
「よせソラノ!そいつに近寄るな!」
 ダルが慌てて叫ぶが、ソラノはスタスタと病室に入り、床に落ちていた掛け布団を拾い上げた。
「大丈夫よ、何ビクビクしてるの。ほら、横になって。お腹見せて。」
 ソラノの行動に呆気にとられた様子で、少女は身構えたまま動こうとしない。
「ほら、はやく。」
「・・・何だよ、お前ら。」
 警戒を解くことなく、少女は再び室内を見回した。その視線が、今度はジョンの顔で止まる。
「お前、何のつもりだ。」
「お嬢さん、助けてくれた人にそんな言い方ないんじゃない。」
 ソラノがやんわりと注意するが、少女は耳を貸そうとはしなかった。
「捕まえて情報を搾り取ろうって魂胆か。」
「・・・そんなつもりはないよ。ただ、この前助けてもらったから。」
 少女は再びダルたちに視線を向けた。
「あいつらはそうでもないみたいだけど。」
 ダルもテイラーも、依然として臨戦態勢のままだ。とても話し合おうという雰囲気ではない。
「ダルさん。銃下ろしてもらえますか。」
「しかし・・・」
「ダル、いいじゃない。テイラーもそんな怖い顔しないで。」
 ジョンとソラノに諭され、ダルとテイラーはしぶしぶ構えを解いた。少女の方も、少しだけ緊張が緩む。ジョンは、聞きたかったことを聞くことにした。
「キミ、名前は?」
「・・・ハナ・ウルフ。」
 やはり、アンナではなかった。しかし、どこか似ているとジョンは思った。
「なんであそこに倒れてたんだ?」
 ハナは答えない。沈黙が流れる。
「えーと、ちょっといいかな。」
 沈黙を破ったのは、ソラノだった。
「ハナちゃん、傷見せてくれる。急に動くのも良くないし、とりあえず横になって。」
 疑わしげな表情は変わらなかったが、ハナはゆっくりとベッドの縁に座った。ベッド脇に牙の首飾りが置いてあるのを見ると、それを素早く手に取って身に付ける。
「横になってって言ったんだけどね。まぁいいや。」
 患者用のパジャマをめくり、ソラノがハナの傷を診る。ハナは大人しく診察に応じたが、ちらちらとダルたちに警戒の目を向けていた。
「驚いたわね。もう治りかけてる。」
 ソラノの言葉に、ジョンはホッとした。
「でも、緊張やストレスは体に良くないわ。ちゃんと治るまで、ダルとテイラーは出入り禁止ね。」
「おいおい、野放しにする気か。」
 ダルの抗議に、ソラノは柔和な笑みを返した。
「ここは診療所で、彼女は患者よ。患者の回復が第一に決まってるでしょ。」
「そんなこと言って、寝首かかれたらどうする。」
 議論の末、出入り口の外でダルとテイラーが交代で監視することになった。ジョンもその方が安心できると思ったし、ハナ自身も異論は挟まなかった。






小さな世界の外側で ~第17話~

小さな世界の外側で ~第19話~


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